2005年 1月 12日(水)

水の中

結局、慎吾はそのまま始業式をサボってしまったらしい。
生徒が集まり始めた講堂で、私は慎吾のその姿を見つける事が出来なかった。

『悪い、話かけんといて』

と言って、背中を向けたっきり。慎吾は何一つ、口にしなかった。
しばらく私に背中を向けていたかと思うと急に振り向いて、その時には。
いつもと変わらない、へら〜とした表情を私に見せて。

『さ、行こか。今日は特別や、この慎吾君が天音を教室まで送ったるさかいな!』

大きな声でそう言って、私の手をあの大きな手がしっかりと握ってきた。
その時には、もうその手が震えている事はなくて。
私は私なりに、安心したのだ。

「ほんなら、天音。後からな?始業式には遅れたらあかんで?何たって俺らは前生徒会役員やし?」
「・・・・・それは、私が言われるような事ではないですよ」
「ほうか?」
「ええ、慎吾の方こそこのまま何処かで寝てしまったりして、遅れないようにして下さいね」

いつも通りの、軽口。
いつもと同じ、空気。

それは確かにあの時、私と慎吾の間に流れていた。
なのに、慎吾の奴。
やっぱり何一つ、気持ちを振り切ってはいなかったのだな。
こんな時に慎吾の行く先位、私だって知っている。




「やっぱり。こんな事だと思いましたよ」

慎吾の姿を求めて室内プールへと足を向けた私の推測は正しかったようだ。
今まさに始業式真っ最中だと言うのに、屋内プールからは人の気配がしている。
2階のギャラリーに上がって、慎吾から見えないところに私は座るとそっとプールを覗き込んだ。

一番中央のコースで、慎吾が泳いでいる。
他には誰もいないプールの中、たった一人、孤独に。
その心と向き合っているのだろうか。
水飛沫を上げ、無心に、ただひたむきに前に進む事だけを考えて。
慎吾の太い腕が、水を掻き上げる。
綺麗に筋肉の付いた、しなやかな両足で水の中から体を跳ね上げる。
窓から差し込む冬の日差しに煌めく、水の粒を纏いながら。逞しい胸が、晒されて再び水の中へと戻って行く。
私の、踏み込む事の出来ない空間がそこにはある。
慎吾だけの、もの。
己と向き合い、己と戦う、慎吾にとって何よりも神聖な場所。
もしかしたらあの水は、私以上に。
悩み傷付いた慎吾を、優しく包み込み癒しているのかも知れない。
そう考えると私は、このプールを満たすただの水にすら嫉妬を覚えた。