2005年 1月 17日(月)

法螺吹き?

私は茶室の中を静かに移動すると、お茶を点てる支度を始めた。
流石に野乃香のおじいさまだけの事はある。
揃えられているお道具の、何と見事なことか・・・・・・・・・・。
この茶碗、値段で言えば先日の結納の時に交わした、指輪と変わらない位、するぞ。
桐箱から取り出した抹茶茶碗を見て、私はそう思った。

・・・・違う、こんな事をしている場合ではなかったのだ。
いよいよじいさまが、慎吾の品定めをしようとしている時に、私は何を暢気に茶碗などに気を取られているのでしょうか。
ああ、でも本当に良い茶碗・・・・。

今日のお茶は濃茶ではなくて薄茶にしよう、と心の中で決めた。
お薄ならば、何とか。
きっと今までお茶を嗜んだ事のない慎吾でも、何とか飲める筈だ。
お茶菓子だって、持って来たものがあるのだし。
そう考えて私は口を開いた。

「翁、お茶はお薄で宜しいでしょうか?」

一応、ここの主であるじいさまに確認はしておかないと、な。

「おう、かまわぬぞ。坊の好きになされよ」

ちらり、と横目で慎吾を見ながらそう返されて私はドキリとした。
私が薄茶を選んだのは、慎吾の為だと見透かされてしまっていたからだ。
本当に何て、油断のならないじいさまなんだ!
まぁ、今更ここで私が騒いだ所でどうにかなる事では、ないだろうし。
野乃香も同席しているのだから、いくらこのじいさまであっても、そんなに大それた事はしないだろう。



「さて、慎吾くんと言ったかな?少し、話をさせて欲しいのじゃが」
「何でしょう?」

じいさまが慎吾の側ににじり寄り、そう口を開いた。
返す慎吾もじいさまの本性に気が付いているせいか、随分緊張した面持ちだ。

「率直に聞くがの。お前さんは、この国見の坊をどう思って、おるのかの」

率直、過ぎます。じいさま。

「どうって、聞かれても・・・・・」
「答えられないとでも、言うのか?」
「や、そんな事はあらへんのやけど。なんちゅーか、その」
「・・・・・男子たるもの、もごもごと口ごもるでない!言いたい事ははっきり、口に出さぬか!」

へらへらしている慎吾に、じいさまの口調が荒くなる。
ちらり、と私の方を見た慎吾に私はそっと頷き返した。慎吾の事だ、ここで私との関係を口にしていいものか、悩んだのだろう。

「せやったら」

ぴしりと背筋を伸ばして、慎吾がじいさまに向き直る。

「言え、と言われるのやったら言わせて貰います。こんな事を、じいさまの前で言うのも何や、思うて口ごもってましたけど。
俺は、天音が好き、です。好き、ちゅうたら言葉は軽いかも知れんけど天音がおらんかったら、俺はよう息も出来ませんのや。
もし今ここで、天音が俺に「死ね」言うたら・・・・・死ねますねん。勿論、一人では死にませんけど。
嫌や、言われても例え暴れられても、天音は一緒に連れて行きますわ」

揺らぎのない視線で、慎吾はじいさまを見据えそう言った。

「なかなか、言うではないか。この私を前にして、大事な孫娘を前にして、お前は言うか」
「言え、言うたのはじいさまやないですか。それに、野乃香ちゃんとは前に話し、させてもろてますから」
「・・・・・・・・そうなのか?野乃香」

じいさまは野乃香を振り返る。

「うん、野乃香お話したよ?慎吾ちゃんと。ねぇおじいさま、慎吾ちゃん格好いいでしょう〜」

間延びした、どこか眠たそうな野乃香の声。

「野乃香が、いいならそれで良いが。しかし、お前。男なら男として、きちんとしなければいけない事は、あるのだぞ」

じいさまの声は、どこか悔しそうで。

「せやから、世界獲ります、言うたやないですか」
「ああ、あれか」
「天音の親父さんに約束しましてん。俺には天音の為にしてやれる事はそれ以外、あらへんから。どんな努力しても、例え血ぃ吐いても。
今度は間違いなく、世界獲りますねん。せやからそん時は、じいさまも身に来たって下さい」

慎吾がきっぱりそう言った瞬間。
わはははは、とじいさまが大口を開けて笑った。

「いや、済まん!なに、この男。中々面白いではないか!のう、坊!」
「・・・・・・・・・・じいさま?」
「この私に向かって、ここまで大法螺を吹く男などもう何十年も見てはおらなかったが、こんな所にいたとは。いや、結構、結構。
流石はそちらのおばあさまが、許しただけの事はある。いや、愉快愉快!」

何だろう、じいさまは一人で勝手に納得してしまわれた様だ。
しかしそれにしても、慎吾。
このじいさまを、納得させるとは。