2005年 1月 27日(木)

ジレンマ

直哉は気を静めるかのように、小さく咳払いをした。まだ頬には赤みが残っている。
「そんなお願いは、おいおいすることにする。」
あれっ、この反応?
祥太郎先生には手も触れられないはずの直哉にしては余裕たっぷりだな。
まさか…私の知らないところで、二人はいつのまにか進展を見せているのだろうか。

「それよりも、ちょっと狙っていることがあるんだ。」
「へえ?」
祥太郎先生とのあれやこれやよりも優先する狙い事とは…いったいなんなんだろう。

「このテストで主席を取ったら、卒業式の時に答辞を述べるのは可能だと思うか?」
「それはまあ…、一応このテストでの最優秀生徒が答辞を述べるのは慣例となっていますが…。」
しかし、雪紀は3学年を通して主席を突っ走ってきたのだ。
たとえ今回次席に甘んじたとしても、確率的には五分五分ではないだろうか。

「答辞を述べたいのですか…? 珍しい、あなたがそんな、殊勝なことを言うなんて。」
殊勝と言うか…この面倒くさがりの直哉が。

「答辞でなくてもいいが、全校生徒の前で宣言しておきたいことがあるんだ。
場はいくらでも作れるが、それが学校側の依頼による答辞なら、言うことないしな。」
に…っと、直哉は精悍な顔をして笑う。
少し前まで、直哉が頻繁に見せていた野性味溢れる表情だ。
そういえば、直哉は祥太郎先生に出会ってから随分丸くなったと、今更ながらに思い知らされる。

「わかりましたよ。咲良にでも言っておきましょう。
生徒会の権限で、代表者のスピーチ枠を確保しておけばいいんでしょう。」
直哉の表情に気圧されるように、私は約束していた。
恐らく直哉は、自分でも出来る手回しを、人にさせることが重要だと思っているのだろう。
そうまでして宣言したいことって、一体なんなんだろうな。
…それにしても、この私がいいように使われてしまうとは!

「あっ、兄貴!」
憤然としている私を押しのけるようにして、隼人が現れた。
こちらは直哉とは程遠い無遠慮さで大きな声を出し、たちまちあたりから非難の視線を受けている。

「兄貴っ! 祥太郎に焚き付けられて1番取るってほんとかよ!」
「…それがどうした。1番とって悪いわけでもあるまい。」
「けーっ! 情けねえ! どうしてそんなに祥太郎に尻尾振るかな!」
隼人は喚くと、椅子を乱暴に引いて、どすんと腰掛けた。

「大体兄貴は、2番だからカッコイイんじゃねーか! 誰だって知ってるぜ! 本当は兄貴は、1番だって楽々取れること。
それをあえて2番のポジションに固執するのが、兄貴っぽくていいんだよ。祥太郎に何言われたかしらねーけど、そんなに簡単に宗旨変えするなんて!」
「…言いたいヤツには言わせとけ。俺は自分のやりたいようにやるだけだ。」
「隼人。今の直哉に何を言ったって無駄ですよ。
あなたには癪かもしれないですけど、直哉の優先事項は、随分前から祥太郎先生に独占されてるんですから。
そんなことより…あなたはどうするんですか?」

ちょっと矛先を変えてやると、隼人は面白いように動揺を表した。
本当にある意味素直で面白いな、隼人は…。

「あなたはずっと直哉に追随して2番を取ってきたんでしょう? 自分でも高らかにそう宣言してきたじゃありませんか。
どうするんです? 直哉が1番を取ったら…あなたもそれに従うんですか?」
「…それなんだよ…。」
隼人はくしゃくしゃと顔を顰めた。

「今までずっと兄貴と同じ位置を確保するって言ってきちゃったし、それで実行してきたし!
だから今回結局2番じゃ言葉を覆すみたいだし! 第一兄貴に負けたみたいだし!
あーもう! どうして最後の最後になってポリシーをひっくり返すようなことするんだよ!
畜生、祥太郎のやつ、余計なこと言いやがって!」
「だったらあなたも1番を取ればいいじゃありませんか。できないわけじゃないんでしょう?」
少し呆れて言うと、隼人は短い髪の毛を無茶苦茶にかきまわした。

「だって! それじゃ白雪を追い越しちゃうじゃんか!
白雪は奨学生なんだぜ! ずっと一番の方がいいに決まってる!
俺があいつの立場を危うくするようなことができるかよ!」

…なんとまあ、優しいこと。
隼人は今、兄を取るか親友を取るかでぐるぐるしているわけか。
あんまり可愛らしいので、思わず頭を撫でてしまった。

「なんだよーう。」
隼人には酷く不評だったが。