2005年 1月 30日(日)

親心

「あっ、いいな〜、僕もお茶欲しいな〜。」
祥太郎先生は入ってくるなり物欲しげな顔をした。
私は苦笑して立ち上がった。

「いいですよ。今お淹れしますから、お掛けになっててください。」
「うわー、国見君が淹れてくれるの? うれしいなあ〜。」
祥太郎先生は隼人をぐいぐい押すと、まさしく小動物系の仕草で座りこんで待っている。

お茶を淹れて運んでいくと、祥太郎先生は嬉しそうに手を合わせてから受け取った。
「えへへ、これで僕の夢がまた叶ったな。国見君にお茶淹れてもらうの、ずっと憧れだったんだ。」
おや、珍しくかわいらしいことを…。気をよくした私は理由を聞いてみた。
「だって、国見君、お茶の先生もするんでしょ。とってもおいしそうじゃない。
それに国見君は、よっぽど気が向いた時に、自分の気に入っている人にしかお茶を振舞わないって聞いたよ。
僕はこの2年間、一度もご馳走になってないから、きっと国見君のお気に入りじゃないんだって思ってたんだ。」
それは…たんに咲良が美味しいお茶を淹れてくれるから不精をしていただけなのだが。
祥太郎先生がこんなに素直に私のお茶を待ち焦がれていたなんて知らなかった。

祥太郎先生はお茶を啜って、世にも嬉しそうな顔で美味しい〜と言うと、いきなり隼人に向き直った。
「それで? さっき叫んでたの隼人君でしょ。僕になんか用?」
「…よく分かりましたね、隼人だって…。」
思わず私がそう問いかけると、祥太郎先生はにっこり笑う。
「だって、白鳳広しと言えども、僕のことをそんなにおおっぴらに呼び捨てにするのは、隼人君くらいのもんだよ。」
なるほど…それはそうか。

「んで? なにさ。」
祥太郎先生は隼人をぐいぐいと肘で押す。隼人は嫌そうに体を逸らし、憮然とした顔をした。
「祥太郎がさあ、余計なこと言ってくれて、迷惑だって言ってんの!」
「え〜? 僕の何が迷惑〜?」
祥太郎先生はにっこり笑って首を傾げる。
あれは…もうすでに、隼人の苦情なんか見越した顔だな。

「いっくら兄貴が祥太郎の言い成りだからって、今までの兄貴のポリシーを曲げさせるようなことまで教師のすることかよ。
おまえが簡単に、兄貴に1番とって、なんて言うから、俺のほうにまでしわ寄せがきてんの!」
「えー、なんで〜? 僕は別に隼人君に関しては、な〜んにも口出ししてないよ〜。」
祥太郎先生はそう言うと、勝手に手を伸ばして、隼人の前にあったお茶菓子を取り上げた。
「隼人君は隼人君の好きにしたらいいじゃん。」
口の中に放りこんだお菓子でほっぺたを膨らませながら、簡単に言い放つ。

「そうはいかないよ! 俺には俺のポリシーだってあるんだから!
だいたい、今まで2番だって凄いって言ってたおまえが、どうして急に兄貴に1番取らせたいだなんて言い出したんだよ!」
「そうですね、それは私もお聞きしたいです。」
私もついでに質問に参加すると、祥太郎先生は珍しく真顔になった。

「そうだねえ、それは僕の親心って言うか〜。」
両手にお茶のカップを持って、思案気に祥太郎先生は声のトーンを落とした。
「直哉君には高校生活でいっぺんくらい、真剣に試験に臨んでもらいたいと思ったから。本当は成績なんて2の次でいいんだよ。」
お、祥太郎先生が、教師モードに入っている。

「直哉君と住園君が飛び切り優秀で、自分の目指す成績をキープするためだけの試験勉強をしているのはちゃんとわかってる。
だからこそ、二人は、死に物狂いになったことなんてないと思うんだ。
いつもいつも、このラインまでやれば、このくらいの成績を取れるってわかってて、それ以上の努力をしないのは、とってももったいないと思うんだ。
あの二人があんなに優秀なのは、お互いに競い合う相手がいたから…。なのに高校生になったらすっかり馴れ合っちゃって。
俺は一番を取る。おまえは2番って決まっちゃってる関係なんて、つまらないじゃない。
均衡が崩れれば、二人とも切磋琢磨するかな〜と思ったんだ。
そして、若いうちに必死になってやった経験は、絶対大人になったから役に立つはずなんだ。
だから僕は、二人が必死になる姿を期待してるんだ。」

祥太郎先生はお茶を飲み干してにっこり笑った。
先生の、あの可愛らしいおねだりポーズの裏にそこまでの思惑があったとは…お見逸れしました。

「だけど…俺は納得いかねえよ。兄貴は今までだってちゃんと、努力だけは欠かしてないんだぜ。」
隼人が口を尖らす。祥太郎先生は、さらにニコニコ笑った。
「それは僕も知ってるよ。でも、二人はまだ力が出せると思ってるんだ。
君だってそうだよ、隼人君。あんまりいつまでも手加減して、白雪君に塩を送るばっかりじゃ、そのうちバカにしてるって怒られるよ。
いつかは全力で戦ってあげなくちゃ。認めている子ならなおさらね。」
「おっ、俺はっ、白雪の事なんか祥太郎には一言も言ってねえだろっ!」

一瞬にして真っ赤になった隼人がきり返す。
やれやれ…そんな態度は祥太郎先生にはとっくのとうにお見通しだというのに。

祥太郎先生は、ゆっくりとカップを下ろした。緊張していたのか、指先が強張っているようだった。
「でも、こんなことは直哉君にはナイショだよ。僕のわがままって事にしておいてね。」
にっこり笑って指を一本口の前に突き出して見せる。
私はなんとなくほっとしながら頷いていた。