| 2005年 1月 31日(月) |
密約
「あれ?こんな所で何やってるんですか?」
ぴょこりと咲良が顔を覗かせた。
珍しい、今頃雪紀に捕まっているとばかり思っていたのに。
「あっ!お茶してる!!」
そう言って顔を綻ばせて、いそいそと私の隣へとやって来た咲良は額に薄っすらと汗を浮かべていた。
よくよく注意してみれば頬も心なしか上気している。
「咲良も飲みますか?」
これは喉も渇いているに違い無い、と思って声をかければ嬉しそうに頷いた。
「では入れてきて上げましょう。どうぞここへお座りなさい」
そう言って促せば、私の立ち上がった後へと素直に腰を降ろす。
「隼人、ここで何やってたの?祥太郎先生まで」
簡易簡易キッチンへとやって来た私の耳に、咲良の可愛らしい声が聞こえて来る。
私は咲良の為にアイスティーを用意して、みんなの所へと戻ることにする。
わざわざアイスティーにしたのは、咲良が暖かい飲み物よりも冷たい方を好むからだ。
どれだけ外が寒くても、咲良は冷たい飲み物を選ぶ。
きっと、猫舌なのも理由なのだろう。
「はい、お待たせしました」
「ありがとうございます!」
差し出したアイスティーを受け取った咲良はそう言って、嬉しそうにストローに口を付けた。
「美味しい!」
「そうですか、それは良かった」
「どうして天音さんが入れてくれると、生徒会室のお茶の葉でもこんなに美味しいんだろう」
にこにこ、にこにこ。
嬉しそうな咲良の笑顔は、私を幸せな気分にさせてくれる。
「それはそうと、咲良こそ今頃どうしたんですか?」
一息ついた頃を見計らって、私は咲良に聞いてみた。
途端に咲良の表情が険しくなる。
「だって、雪紀さん・・・・・物凄く、機嫌が悪いんですよ〜」
おや、さっきまでの上機嫌は何処へやら。
途端に泣きそうな顔になってしまった。
「さっき、雪紀さんのお供で、図書室へ行ったんです。そうしたら・・・・・」
なるほど、直哉と鉢合わせをしてしまったのか。
「直哉さんがいて」
「・・・・・・・・・・いて?」
「雪紀さんを見て」
「見て?」
「『俺は絶対に、負けないからなっ!』なんて言うものだから・・・・・」
あはははは!
雪紀の奴、直哉の挑発にまんまと乗ってしまったと言う訳だな。
「ほら、やっぱり〜」
ふいに祥太郎先生の間延びした声が響いた。
「祥太郎先生?」
「言った通りでしょ?どれだけ仲が良くたって、たまには真剣勝負も必要だって事」
うんうん、と至極納得した様子の祥太郎先生に、咲良の頬がぷぅ、と膨れた。
「先生が余計な事言うから、雪紀さん本当に機嫌が悪いんですよ?」
「あはは、ごめんね?でもさ、咲良くんだって真剣に何かに取り組む住園くんが嫌いな訳じゃないでしょ?」
「・・・・・・それは、そうですけれど」
もごもごと口ごもる咲良に、私は少し可哀想な気持ちになってしまう。
雪紀の事だ、機嫌の悪さにかこつけて何やかやと咲良に無体を働いているに違い無い。
しかしその原因を作り出した当の本人は、満面の笑顔でお茶を口へと運んでいる。
そして、黙ったままの隼人と言えば。
何だか難しそうな顔をして考え込んでいる様子だ。
きっと白雪との事を考えているに違い無い。
罪の無い顔をして、祥太郎先生は・・・・・・・・実に、罪深い。
「あ、そう言えば」
図書館で直哉が言っていた挨拶がどうのこうの、という事を思い出した。
「咲良、ちょっと」
私は隣に座っている咲良の耳に口を寄せて祥太郎先生に聞こえないように囁いた。
一瞬驚いた顔をした咲良も、すぐに分かりました、と頷いてくる。
さて卒業式が楽しみになってきたぞ。
直哉と私と、そして咲良と。
密かに交わした約束の内容にも気が付かず、祥太郎先生は暢気にお茶を飲んでいた。