2005年 1月 5日(水)

結納

「天音さん、お支度の方はどうですか?」

控えめに私の部屋の戸がノックされ、おばあさまが顔を出された。
支度・・・とは、今日行われる私と野乃香の結納の為の支度の事だ。
このために新調された着物に袖を通して、袴を着けた私は最後の身だしなみとして髪を梳いている所だったのだ。

「まぁまぁ・・・良く、お似合いです事。天音さんはいつもはもっと華やかなお色が多いですけれどこういった落ち着いたお色のお着物も良くお似合いになりますわね」

私を頭の先から足の先まで舐めるように見て、満足そうな溜息をおばあさまは一つ、ついた。
今日の私の着物は・・・なんと言えばいいのだろう。
色こそ少々明るめの紺色だが、きちんと国見家の紋が入っている。袴は明るめの灰色だ。
お正月には毎年、華やかな色の着物を着ることが多い私は自分で自分の姿を鏡で見たときに、思わず絶句してしまった。
似合ってはいるのだが・・・・・・・・・何となく、私らしくない、と思ってしまう。

「天音さん」

おばあさまが私を呼んだ。

「あちらへいって、そんなお顔をなさってはいけませんよ。あちらも私たちも全ては合意の上とは言っても、お目出たい席です。
それを忘れては、なりませんよ」

おばあさまの声は静かなものだったが、だからこそ私は口を挟めなかった。
今になってもこれで本当に良かったのか、私たちが選んだ道は正しかったのか。そんな風に考えてしまう。






「じゃぁ、行きましょうか」
「百合子さん、忘れ物はありませんか?」

玄関先で我が家の女性陣がそう声を掛け合っている。
私の後ろに立っていた父がぽん、と肩に手を置いた。
それに促されるようにして私は玄関を出る。野乃香の家は隣なので、どれほどゆっくり歩いてもあっという間に辿り着いてしまう。
うちとは趣の違う洋風の門を潜ったとき、通りの角に誰かが立っているのが見えた。
本人は姿を完全に隠しているつもりなのだろうが、あにはからん。
ツンツンと立った色素の薄い髪の毛が、それこそヒヨコの様に見え隠れしているのだ。
本当は今すぐにでもそこへ走って行きたい。
駆け寄って、その名前を呼んでしまいたい。
そんな想いが私の胸中に去来したが、拳を握り締めて私は無理やり意識の中から慎吾の存在を消し去った。
慎吾だって今日がどういう日か分かっているからこそ、ああしてこっそりと影から私を見ていたのだろう。



「幾久しくお納め下さいませ」
「幾久しくお受け致します」

そんな型通りの挨拶が、広大な和室で取り交わされているのを私はまるで他所から見ているような気分で聞いていた。
私達の前には野乃香のおじいさま、そして両親。華やかな振袖を着た、野乃香が座っている。
その前にはおばあさまが八方手を回して誂えた結納の品がずらりと並んでいる。
今時ここまでの結納をする家があるのか、と私ですら目を疑う品物の数々だ。
更に目を引いたのが私を無視して用意された婚約指輪だった。

「うわぁ、綺麗〜」

箱から取り出した指輪を見た野乃香が驚きの声を上げる。
流石に時代を考えて大仰な立て爪のリングではなかったが・・・・・・・あのダイヤ。相当のカラット数があるのではなかろうか。
給料の3か月分・・・というのが通例らしいが、いったい私は付きに幾ら稼げばいいのだろうか。
無邪気に野乃香は喜んでいるが、私の頭はくらくらしっぱなしだ。
だがこれで、結納は滞りなく済んだ訳だ。
そして全員が揃って会食を、という運びになり野乃香の家のお抱えの料理人が腕によりをかけて作った祝いの膳が運び込まれてきた。
余り食が進まないが、残す訳には行かない。
そんな複雑な私の気持ちは全く顧みられず、野乃香のじいさまと父親、そしてうちの父親は早速の酒盛りだ。
もしかして結納ではなく、これがメインなのでは?と疑わずには居られないほどの賑やか振りに私の顔は益々顰められる。


「天音ちゃん、野乃香のお部屋へ行かない?」
「いいですよ」

野乃香がそう声をかけてきた。
私は一も二もなくその言葉に飛びついた。
今更私が野乃香の部屋へ行こうと、それをはしたないと嗜める人間はここにはいない。
私と野乃香がどれ程一緒に居た所で、間違いなんて起きようもないのだから。