| 2005年 2月 10日(木) |
キッチン確保
咲良と瑞樹に呼び出されて生徒会室に行くと、そこには甘い香りが充満していた。
二人が額を寄せ合ってなにか覗き込んでいる。その前にはおびただしいチョコレートの山だ。
「あっ、天音さん、ちょうど良かった。今年はこんなのどうだろうって言っていたんです。」
咲良が指し示す先には、色とりどりのトリュフの写真。
そう言えば、もうバレンタインデー間近だ。
豆まきのごたごたなどですっかり忘れていたが。
「手作りって言っても、チョコから作るわけじゃないじゃないですか。
こういうんだったら簡単ですよ。湯煎して、丸めなおせばいいだけです。
中にオレンジピールとか入れれば、立派にオリジナルチョコになりますし。ねえ。」
一人生真面目な顔で、書類を運んでいた白雪を呼びとめる。
「白雪も作らない? 隼人に上げたら喜ばれるよ。」
「あっ、そうだよ! どうせ作るんだったらみんなで作ろう。
それで、分けっこすれば、お互いにいろんな物を上げられて楽しいじゃない?」
「えっ、俺…ですか? どうして隼人に…?」
白雪はびっくりしたように目を見張る。
すると、きょとんとした顔をしたのは咲良と瑞樹だ。
「どうしてって、あげないつもり?」
「だ…だって、バレンタインデーでしょ? 女の子が男の子に上げる日じゃないですか。
それでどうして俺が…。」
「えー、白雪があげたら、絶対隼人、喜んじゃうのに〜。」
にぎやかな二人に口調に、白雪がたじたじとなっている。
「ね! 決定! 明日から3連休だから、どこかに集まってみんなで作ろう。
白雪が個人的に隼人になにかプレゼントをあげたいなら、それは自由にしていいからさ。」
「べ、別に俺は…。」
白雪はしどろもどろになりながらもなんとか了承したようだ。
するとそこに、祥太郎先生がやってきた。
さっそく、バレンタインデーの使徒となっている咲良と瑞樹に掴まってしまう。
「先生! バレンタインデーにみんなでチョコレート作る約束覚えてますよね!
明日みんなで天音さんちに集まって作ることにしましたから。」
…ちょっと待て。
いつのまに家に集まることに決まったんだ。
「えーだって、家、今年はユズちゃんが頑張っててだめだって言うし〜。」
「俺と白雪は寮で、キッチンなんか使えないし〜。」
「そうしたら、天音さんちしかないじゃないですか。」
「家だってダメです! 去年はおばあさまたちがお出かけでしたけど、今年はちゃんと一家揃っているんですよ。
お弟子さんたちも勢ぞろいの中、こんな大きい…もとい、高校生の男子が何人も厨房になんか入れません。」
メンバーを見て、大きい男の子と言いかけた言葉を引っ込めてしまうあたり、私もまだ修行が足りないな。
「えー、それじゃ、祥太郎センセんち…。」
「家? 家はこのあいだ鍋焦がしちゃって、フライパンしかないけど、それでいい?」
「…遠慮します。」
この際フライパンだけでもいいじゃないか!
「てゆーか、みんな余裕だよね。その余裕どこから出てくるのさ。来週試験だよ?」
そう言えば、先生はちょっとやつれ気味だ。
試験問題を作り始めると、祥太郎先生は必ずやつれるからすぐわかる。
本人の弁によると、忙しすぎて食事をとるのも忘れてしまうらしい。
「直哉君と住園君は、どっちが主席になるかであんなに燃えてるのに…君たちは暢気だよね。」
「俺たちは別に…そこそこ成績とれてればいいし。」
「俺は…試験より愛に生きるんです!」
要は、監視役たちが自分の事に必死になって手を抜いている隙に羽を伸ばしたいらしい。やれやれ。
「そんなことよりキッチン…。天音さん、やっぱりダメ?」
「ダメ。」
おばあさまに知れたら、大喜びで参加されるに決まってる。
「そしたら…祥太郎センセんちに道具もちよりで…。」
「おまえたち、何をこそこそやってるんだ?」
不意に直哉が現れた。私は閃いた。
「そうだ、直哉のうちがいいでしょう。一人暮しだから邪魔は入らないし。
直哉のことだから、道具類も揃っているんじゃないですか?」
「あ? なんの事だ?」
思いきり眉間に皺を寄せる直哉を視線で抑えつけた。
「バレンタインデーに、チョコレートを作ろうという話になっているんですが、場所に困っているんです。
直哉、あなたの家のキッチンを提供してもらえませんか?
場所代は…祥太郎先生の手作りチョコって事で、いかがです?」
「えー、僕明日は忙しい…。むぐ。」
何か言いかけた祥太郎先生を、咲良と瑞樹が抑えつける。ナイスコンビネーションだ!
「祥太郎先生の…。」
直哉がごくんと唾を飲んで…やがて深く頷いた。
とりあえずキッチン確保だな。