| 2005年 2月 11日(金) |
祥太郎先生のバレンタインデー事情
直哉の新居は私のうちからさして遠くないので、ゆっくりと家を出た。
一緒に行くかと思われた咲良たちは、途中に寄って行くところがあるという。
仕方がないので現地集合にした。
直哉のうちは、真っ黒い門扉がいかにも威圧的なマンションだ。
呼び鈴を鳴らすと、ラフなジーンズにセーターの格好の直哉が顔を覗かせた。
あたりをぐるりと見まわす。祥太郎先生でも探しているのに違いない。おあいにく様。
「おい、祥先生が来るんじゃなかったのか?」
「現地集合になったんですよ。おいおいいらっしゃるでしょう。」
大きな体を押しのけて部屋に入る。寒いのだ。こんなコンコースにいつまで立っていたくない。
直哉の部屋は、いつ来てもスッキリしている。
基調の色は黒。それに効果的に白を使って部屋を暗い一方にはしないように工夫している。
黒皮のソファーに座り、キッチンを眺めやった。
…ん?
小さなテーブルの椅子も、ここからは見えにくい食器棚の中の器も何もかも、みんな二つづつだ。
まるで…誰か同居人がいるかのような。
私が首を振っていると、元気な声が聞こえて待っていた4人が現れた。
大きな袋を抱えた咲良と瑞樹。祥太郎先生のうでをしっかり握っている白雪。
「先生ったら、あんまり遅いから迎えに行ったら、まだ布団被って寝てたんですよ。」
「勘弁してよ〜。試験問題に不備があって作りなおしで…夕べ寝てないんだってば…。」
「でもとにかく約束だから! ねえ先生、頑張って!」
祥太郎先生の参加でここを借りられるのだ。咲良たちにしても張りきるしかない。
しかしまあ、なんとか祥太郎先生を連れてくるという大役は果たせたと思っているのだろう。
祥太郎先生と言えば、皮のソファーになついたきり…本当に疲れているらしく、赤ん坊のような表情でとろりとろりとまどろんでいる。
バインダーを抱えた直哉が祥太郎先生の側に言った。何か話しかけている。面白いから聞きに言ってみた。
「だから、そんなむちゃに付き合わないでとっとと帰れば良かったじゃありませんか!」
「社会人には付き合いだってあるんだよう。だから本当は、今日は篭って試験問題の作り直しで、それ終わったら刷り直しで…。まだまだ忙しいんだよ。ほんとなら家で作業…できないから、また徹夜か…。」
「そんなの、祥先生には向きません! それから…ちゃんと飯食ってますか!」
「うるさいな〜。大丈夫だってば〜。」
「…食べてないんですね。」
直哉は深いため息をつくと、つかつかとキッチンに入っていった。
腕まくりをすると、ジャーを開けて…あっという間に大きなお結びを2つ握ると、それを祥太郎先生の前まで運ぶ。
「ここを貸す条件です。先生はこれを食べて。それでベッドでゆっくり休んでいってください。
俺が帰ってきても祥先生がヘロヘロのままだったら…作ったもの、全部没収だからな。」
「帰ってきてもって…出かけるんですか?」
「ああ、試験の最後の追いこみにな。」
直哉はバインダーを抱えなおした。
「それから、隼人から白雪に伝言だ。迎えにくるから、ぜってー一人で出歩くな、だそうだ。
俺は試験勉強に図書館に行ってくるから。夕方までには帰ってくるつもりだけど、それまで戸締りよろしく頼むぞ。」
おや…直哉も引っ張りこめると思っていたのに。
祥太郎先生はというと、驚くくらい従順にお結びを咥えている。しかし、眠いのが勝るらしく、目は半眼だ。
「大体僕さあ、バレンタインデーにいい思いでないんだよね。」
祥先生がボソリと呟くと、すばやく瑞樹が反応した。
「えーせんせい、バレンタインデーにチョコレートもらったことないの?」
「そんなことないよ。鞄いっぱいもらった。でもその女の子達の殆どがさあ。」
嫌そうに顔を顰めた。
「このチョコレート、瓜生と二人で食べてねって言うんだ。どうして瓜生なのかなあ。しかも、どうして僕から瓜生に分けないといけないんだろう。」
「へー…それは…。」
瑞樹が言葉に詰まっている。女子と言うのは…ときどき随分ものみ高い物だ。
「それで、ふてくされてると、今度はでかい男の子達がやってきて。」
うんうんと瑞樹が頷いたのを確認して、話を進める。
「そのチョコレート、おまえのか? 俺にぜひ寄越せって…鼻息あらいんだよね〜。身の危険を感じちゃう。」
「それは…結構…やばいんじゃありませんか?」
「そうかなあ? 結局みんな瓜生がもってくことになっちゃって、だから僕は、バレンタインデーなんて憂鬱な行事にしかならないんだ。」
なんだか…祥太郎先生がバレンタインデーに燃えない理由がわかったな。
しかし、ここまで来たのだ。それなりのチョコは作って帰ろう。