| 2005年 2月 12日(土) |
噂のでどころ
それにしても、ちゃんと物の揃ったキッチンだ。
直哉は形から入る奴とは知っていたが、男子高校生の一人暮らしで、オーブンまで揃っている家なんてないのではないのだろうか。
「うーん、こんなちゃんとしたキッチンなら、普通にチョコケーキとかも焼けたなあ。」
咲良はなんだか悔しそうだ。
「一人暮らしのキッチンなら、雪紀の家でもよかったじゃありませんか。」
私が突っ込むと、咲良はちょっと困った顔をした。
「雪紀さんちのキッチンなんて、雪紀さんが管理してると思います? あそこは絶対佐伯さんの管轄ですよ。」
それもそうか。
「それに、雪紀さんって時々信じられないほど子供っぽくて。」
口ほど嫌そうではなく、にっこり笑う。
「食器棚に、昔の超合金ロボとか並んでいたりするんです。ネットオークションで落としたとか言って。
この間も、マジンガーゼット? やっと手に入れたってすごい鼻の下伸ばして。俺には絶対触らせてくれないんですよ。」
ああ、はいはい。お惚気の一種なのだろうな。
確かに雪紀にはそんな子供めいた一面もある。
「それじゃあ、そろそろ取り掛かりましょうか。何を作るんですって?」
「今年はシンプルにトリュフで行きたいと思います。」
板チョコを溶かして丸めなおして、そこにデコレーションをしたり、ドライフルーツを入れたりするのだそうだ。
なるほど、それなら我々でも簡単に作れるな。
咲良と瑞樹の抱えてきた袋には、さまざまな食材が入っていた。
その中にアーモンドもあって、私は以前聞いた噂を思い出した。
確か…白雪が言っていたのだ。
危なっかしい手つきで板チョコを割っている白雪に聞いてみた。
「白雪、以前言っていたあの噂…アーモンドをあしらったチョコを隠してっていうのは…。」
「え? ああ、寮の先輩から伺ったんです。」
寮の先輩…。
なんか怪しい…。
「アーモンドを使ってチョコを作って、それを学園の敷地内に隠して、思い人がそれを見つけられれば思いがかなって、しかも願いが一つかなうんですって。」
「…どうにも胡散臭い噂ですねえ。そんな都合のいいことがあるんですか?」
「さあ…。でも、男子校の敷地内にチョコを隠すなんていう事は、女の子には難しいんじゃないんですか?
だから難易度高くて、成功報酬も高いんじゃないかと思ったんですけど。」
ああ、白雪は本当に素直だから、バレンタインデーのあるべき姿を思ってそう解釈したわけだ。
しかし我が校はそういう意味では一般とは言いがたいのだ。
まあ、白雪もおいおいわかってくるだろうから、わざわざ教えてやることもあるまい。
それにしても、寮にそんな噂が蔓延しているのは困ったことだ。
きっと慎吾も聞きつけているのに違いない。
私がそれに乗らなければ、さぞかし膨れるのだろうな。
私はため息をついてアーモンドを取り上げた。
瑞樹と咲良は夢中になっておしゃべりをしながら、いろいろなチョコを量産中だ。
中には、ちょっとプレゼント用にはえぐいんじゃないかと思えるような珍品も混じっている。
「…でねえ、結局シルバーのクロスのネックレスにした。俺とお揃いなんだよ。
カノンの金髪に映えると思うんだ。」
「俺は明日にでも探しに行こうかと思ってるんだ。
タイピンとカフスのセットとかいいかなあと思ってるんだ。」
「えー、それは入学祝にまわすべきだよ。やっぱリングか、雪紀さんならゴールドのチェーンとかも似合いそう。」
何の話かと思ったら、どうやらチョコに添えるプレゼントの算段らしい。
どうもこの二人が、みんなで作ったチョコなんてやっつけ作業で満足しているのはおかしいと思ったら、どうやらチョコは付け足しで、本命はそのプレゼントだったようだ。
この私までだしにするとは。やってくれるじゃありませんか。
「ところで、祥太郎先生静かですねえ。本当に寝ちゃったのかなあ。」
少し心配そうに白雪が言う。
私は、立ち上がった白雪の後をついて行ってみた。
一番奥まった部屋には、大きなベッドが置いてある。
遮光カーテンで光を遮った部屋で、祥太郎先生はすっかりベッドにもぐりこんで幸せそうに眠っている。
…よくもまあ、他人のうちの人のベッドでそんなに安眠できるものだ。
私はなんとなく癪にさわった。
せっかく祥太郎先生も呼び出して来たのだ。それに、直哉にキッチン代の恩もあるしな。
ぜひ先生にもチョコ作りに参加してもらわなければ。