| 2005年 2月 15日(火) |
愛のチョコ。
「うに〜っ! 放してってば! 僕まだこれから授業の準備があるんだからっ!」
後襟を取られた祥太郎先生はじたばた暴れる。
誰のせいでこんな事態になっているのか。
先生にも身を持って償ってもらわなくては。
それに、先生の都合がどうあれ、こんな事態に祥太郎先生を野放しにするわけには行かない。
さらにろくでもない噂を流されるのが関の山だ。
とはいえ、先生も暴れすぎでゼイゼイ言っているし、こっちも腕がだるくなってしまった。
なにより、こんな場面を直哉に見られでもしたら一大事だ。
私は諦めて祥太郎先生を捕まえる手を、肘の辺りに持ち替えた。
「ほら、きりきり歩く! 先生が無責任に流した噂で、校内がどんな事になっているか、ご自分の目でしっかりお確かめなさい。」
「えー、活気があっていいじゃんねえ…。」
「…まだ御託を並べるのは、どのお口ですか!」
伸ばした爪を剥いてみせると、祥太郎先生はやっと大人しくなった。
「天音さん…怖い…。」
後の二人まで縮こまるのは納得行かないが。
それにしてもこいつらは…。
私は、渡り廊下から校庭を見下ろして絶句した。
良く見知った顔たち…いつも私の回りをうろちょろして、親衛隊などと名乗っている奴等が、必死の形相で走りまわっているのだ。
どういう噂が流れているのか知らないが、奴等は主にプール回りを探しているようだ。
ご苦労にも、こんな冬のさなかに水飛沫を上げている奴までいる。
…ちょっと考えれば、食べ物を水の中なんかに入れやしないと分かりそうな物だが。
「あー、ほら、あれ。」
祥太郎先生がつま先立ってプールを見下ろしている。
「みんな一生懸命だねえ。よっぽど国見君が好きなんだよ。」
…そう言われれば、悪い気はしない。
彼らはいつも鬱陶しかったが、思えばいろいろ私の為に手を尽くしてくれたりもしたのだ。
学園祭しかり、体育祭しかり。
僅か数人の生徒会が、あんなに大規模な催しを次々成功させてきたのは、彼らの尽力によるところが大きい。
「…国見君は実はこんななのにねえ。」
…いい気分でいたところを、なんだかペシャンと殴られた気分だ。
いつも一言多いんだから!
「ねえ、みんなに声を掛けに行かないの?」
祥太郎先生がプールを指差して言う。
「どうしてですか! わざわざ彼らを調子付かせる事もないでしょうに。」
「だって、プールに隠したわけじゃないんでしょう?」
祥太郎先生はなんだか興味を失ったような顔で言う。
「国見君があそこで声を掛ければ、みんな張り切ってその周りを探すんじゃない?
引き付けておくには都合がいいじゃん。」
まったく…! このちっちゃな頭の中には、そんな悪巧みしか詰まっていないのだろうか?
「僕本当に時間ないし、実はまだお昼も食べてないんだから、ちゃっちゃと終わらせて欲しいんだよね。」
「先生…、一体どっちの味方なんです?」
思わず聞いてみる。先生が私の味方なのか連中に組するのか、さっぱり分からない。
「僕ぅ〜? 僕は楽しい方の味方♪」
…そんな事だと思いましたよ。
結局仕方なく先生の言いなりに、私はプールに激励に向かった。
まったく先生の思うつぼに…連中が張り切る様はむしろ笑えたほどだ…。
なんだか疲れ果てた思いで戻ってくると、走り回っている慎吾に遭遇した。
焦り捲った表情で…さてはまだ私のチョコを見つけてないな。
「天音! もうちょっと待ち! 絶対見つけるからな!」
「絶対って…、どうしてまだ見つけられないんです! 他の人が見つけてしまったらどうするんですか! あなたにはちゃんとヒントも上げたでしょうに!」
「ヒント…ったって、あのな、あんなんだけでわかるかい!」
ふんぞり返る慎吾に、目眩がする思いだ。
「な…何を偉そうに! 私が思い出だと言っているのに、あなたにはさほどの事でもないんですね! ええ、そういう人でしょうよ、あなたは!」
八つ当たりだ。十分分かっている。
だけど、祥太郎先生や親衛隊の奴らに引っ掻き回された苛々が、全部はけ口を求めて、慎吾に向かって噴出してしまう。
慎吾は私の剣幕に驚いた顔をした。そしてにっと笑った。
「勘違いしな、天音。俺はお前との思い出の場所がないなんて言うてへんで。ありすぎで困っとるんや。
お前と一緒にいた場所なら、どこもかしこも思い出せる。今ここで一つ残らず読み上げる事も出来るで。
天音は俺の太陽やもん。天音のいた風景は全部この目に焼きついとるで。」
私は一瞬言葉を無くして立ち尽くした。
どうやったらまあ、こんな恥ずかしい愛の告白を、こんなにも真顔で語れるのだろうか。
それでも、朝を迎えた小鳥のように、この胸がさざめいてしまうのは、やっぱり私が慎吾を愛しているからなのだろうな。
私は慎吾の大きな手を取った。
そしてそっとそれを自分の胸に押し当てた。
「…チョコレートを探しに行きましょう、慎吾。
そしてあなたの望みを叶えてあげる。」
もう午後の授業なんてどうだって構わない。
今すぐ慎吾を抱きしめたかった。
そうしてたどり着いたチョコレートの小箱…祥太郎先生の作ったハート型の奴には、ワサビがたっぷり入っていた事は…後日談にしておこう。