2005年 2月 20日(日)

桃と菜の花

テストもすっかり終わり、今日は久しぶりに十分に羽を伸ばしている。
するとおばあさまが、なんともうれしそうな顔をしながら私を呼ばわった。
お茶のお誘いかと思って居間まで出て行った私の目に飛び込んできたのは、両手いっぱいの桃の枝だった。

「昨日のお花の花材だったんですけど、昨日はお休みの生徒さんが多くてねえ。」
そういえば世間ではインフルエンザが猛威を振るっているのだ。
昨日今日降り続いた雨で、少しは下火になることが予想されるが、学校に言っても多くの風邪引きに出会う。

「お花も取りにいらっしゃれないというので、私が代わりに引き取りましたの。
ねえ、かわいらしい蕾がたくさんついているでしょう。」
それは…確かにそのとおりですが、どうしてわざわざ私を…。
ちょっと尻込みする気分でお聞きした。
なんかちょっと…やな予感が…。

「あら、久しぶりに天音さんに腕を揮っていただこうと思って。
桃のお節句らしく、桃と菜の花の投げ入れ。いかが?」

いかが?とかかわいらしく聞きながら、おばあさまはもうすっかり鋏を持って私のほうに差し出していらっしゃる。
桃は大変弱い。蕾が寒い風に当たっただけで紫色になってしまって花を開かないし、蕾自体もろくて、簡単に枝から落ちてしまう。
その上、たわわに蕾をつけた枝はとても太いのだ。こんな小さなお花鋏では、断ち切る事もなかなかに難しい。
…つまり、おばあさまは、繊細な気配りも要する力仕事をされたくないのに違いない。

しかし…おばあさまもお母さんも大好きな桃。こんな風におねだりされてしまって、私はのめのめと引き下がれない。
仕方なく鋏を受け取った。

おばあさまが大きなつぼを抱えてこられた。
そういえば、客間にはもうすっかり雛人形も飾ってある。
小さいころから私をこよなく大切にしてくださったおばあさまだけれど、この時期だけはいつでも不満顔を見せられた。
私のために飾るお人形がないのが、おばあさまにはひどく不満だったのだ。
いま飾られているお人形は、おばあさまが娘時分から飾っているゆかしいお人形で、博物館にあってもおかしくないようなものだ。
そして、このつぼも、お人形の脇にいつでも鎮座している由緒正しいものだ。

「野乃香ちゃんが、次に女の子を授けてくださると、嬉しいわねえ。
野乃香ちゃんに似ても、天音さんに似ても、お人形のように愛らしい女の子ができるわ。」
うっとりと夢を見るようなまなざしで、おばあさまがつぶやく。
私は少し申し訳ない気分で枝に鋏を当てた。

しかし…私のそんな殊勝らしい気分は長く持たなかった。
硬いのだ……枝がっ!

最初はよかった。蕾をつけた若い枝は、やすやす切れる。
しかし、つぼは大きく深い。太い枝…というより、もはや幹の部分も使わないことにはどうしようもない。
しかし、直径がおよそ2センチもあるような幹は…のこぎりでも持ってこなければ切れないんじゃないのか!
しかも、あまり力任せにすると…蕾が落ちる!

「あらあら、天音さん、あんまり乱暴になさらないで。かわいそうに、蕾がみんな落ちてよ。」

そんなことをおっしゃって…! 私は慎吾の馬鹿力とはちがうんです!

太い枝を切るにはコツがある。しっかり握った枝と鋏を、両方回すようにすると切りやすい。
しかし…、鋏もかまないような太い部分を…どうしろとおっしゃるんですか!

おばあさまはこの作業を嫌われたに違いない…!

そうして、おばあさまの厳しい監視の中、私は座敷にいながらにして汗みずくになりながら、何とか桃を生けおおせた。
菜の花は…あっけなさ過ぎて気が抜けるほどだ。
しかし、菜の花というのは、切った後でも毎日伸びる。
これの管理も…私の仕事なのか。

大きく華やかに生けられた桃のつぼを従えて、いっそうお雛様が引き立てられている。
無邪気に喜ばれるおばあさまの顔を見ながら、私は手のひらの豆をさすっていた。