2005年 2月 7日(月)

散髪

「なぁ〜天音おる?」

教室のドアを開けて、のそりと慎吾が姿を現した。
見れば手にはテキストを持っている。
もうすぐに迫っている、実力テストのために勉強をしようと慎吾が自発的に思うなんて!
私は感涙に咽んでしまったぞ。

「天音?」

私の近くまでやってきて、頭の上から声をかけてくる慎吾を見上げて・・・・・私はしばらく固まってしまった。

「・・・・・・・・・慎吾、その髪・・・・・・・・・・」
「ああ、これか。切ってきたんや」

冬を迎えて少し長めになっていた慎吾の髪が、物の見事にばっつりと短くなっている。
しかも「切ってきた」ではなくて「刈って来た」の間違いではなかろうか、これは。
慎吾は普段から短めの髪をしているが、それにしたってこれは・・・・・こんなに短く刈り込んだ慎吾など、見た事があっただろうか。

「どないしたん、天音。そないに驚かんといてや・・・・・何や、似合わん言われてるみたいで嫌やんか〜」
「あ、いえ。似合っては、いますよ?」
「そか」
「ええ、似合ってはいますけど・・・・・どうして急に、そんなに短く・・・・・」

いや、短いのが悪い訳ではない。
似合ってもいる。
最近とみに「男っぷり」というか、「男前度」というか・・・・・つまり、男に見えてきた慎吾のには似合うが。
だけど。
私はあの、少し赤茶けた慎吾の髪が大好きだったのだ。
こんなにツンツンするくらいに短い髪では、触りようがないではないか。
・・・・・・・・ほら、みてみろ。
まるで「たわし」を触っているようだぞ。

思わず慎吾の頭に手をのばして、悔し紛れにわしわしとかき回してやった。

「ちょ、痛いって!痛いがな、天音〜」

ついでに頭皮に爪も立ててやった。

「私に黙って、こんなに短くしてしまうからですよ」
「何や〜さっきは似合う言うてくれたのに、やっぱり気に入らんのやないか〜」
「似合ってはいますよ!でも、私に黙って切る事なじゃないですか」
「しゃぁないやん〜祥太郎先生のせいやもん!俺のせいや、ないわい!」

慎吾の口から飛び出した「祥太郎先生」の名前に私はぴくりと片眉を上げた。

「どうしてそこで祥太郎先生の名前が」
「あの豆まきのせいやん!祥太郎先生が俺ばっかり集中砲火で狙いよってから、髪が焼けてしもうてな。こう、それだけやったらまだよかってんけど、頭洗う時に何やプツプツ切れよるねん」
「・・・・・・・・・・髪が?」
「せや、髪が。そないな髪で泳げぇへんやん。プールん中、切れた髪だらけになってまうで」
「・・・・・・・・・・・・・・見たくない光景ですね」
「そやから、しゃぁなく切ってもろたんや。食堂のオバチャンに」

・・・・・・・・・床屋へ行くとか、美容院に行くとか考えなかったのか、このバカは。
それでこんなに短くなってしまったのだな。

「俺かてもう少し残して欲しかったんやけど」
「けど?」
「オバチャンが男やったら、狩りなさい!言うてこう・・・・・バリカンでなぁ〜」

今時、バリカン。
バリカンなんてものまで、あの寮にはあるのか。


「ああ、分かりました。分かりましたから、そんな泣きそうな顔しないでくれませんか?」
・・・・・・・・・鬱陶しいから、という本音は黙っておいたが。

「せやけど〜。こないに短こうしてもうて、天音・・・・・嫌やない?」
「嫌じゃありませんよ?」
「ホンマに?」
「本当です。慎吾は慎吾ですから」
「そう言ってもらえると、何や安心したわ!」

にぱっと笑う慎吾が、可愛い。
私の言葉一つで不安になったり、喜んだり。本当に単純な男だな、こいつは。
でもそんな所が、可愛いからいいのだけれど。

「さぁ、じゃぁ勉強を始めましょうか。分からない所でもあったんですか?」
「せや!ここ、ここがどうしても分からんのや〜」

どれ、とテキストを覗き込みながら私の頭の中では祥太郎先生が踊っていた。
・・・・・・・・どうやってこの落とし前を付けさせましょうか。
丸刈りの祥太郎先生、なんて言うのも良いかも知れませんね。