| 2005年 3月 19日(土) |
卒業式 1
玄関の引き戸を開けると、細かい砂を孕んだ風が吹き抜けていく。
私は目を眇めて、眩しく晴れ渡った空を見上げた。
「天音さん、お待ちなさい。切り火をきるから。」
縁起を担がれるおばあさまが、私を小走りに追って玄関先までお見送りにいらしてくださる。
おばあさまの柔らかい手が、私の背中をそっと撫でた。背後でカチカチと、火打石を鳴らす音がする。
出立の無事を祈って小さな石を打ち鳴らす音が、私の背中を自然に伸ばさせてくれる。
今日は卒業式なのだ。
校門をくぐる前から、すでに華々しい演出は始まっている。
ずらりと並んだ下級生たちが、口々にお祝いを告げながら出迎えてくれるのだ。
私が姿を現すと、その声はひときわ高くなった。
まだまだ白鳳随一の美姫の名声は廃れていないらしい。
とりあえずの集合場所である教室に入ってみると、その黒板には一面に何か書いてある。
さまざまなチョークで賑やかに、お祝いの言葉やイラストが書かれているのだ。
よく見ると…見覚えある咲良や瑞樹、隼人に白雪の字も躍っている。
きっとチョークの粉で真っ白になりながら、一生懸命書いてくれたのだろうな。
ほほえましいと同時に、胸が迫る。
この拙い文字の一つ一つが、別れの時を実感させてくれる。
「おお〜! ここもようけ書いてあるのう。咲良たち、頑張ったなあ!」
突然賑やかな声を出して、慎吾が乱入してきた。にこにこと笑いながら、私目指して一直線に突き進んでくる。
「天音! 卒業式や! お約束があるやろ!」
大きな手をぬっと突き出す。
「…? なんですか?」
なにか慎吾と約束しただろうか?
「くーっ! 天音のいけず! 卒業式やら言うたら、泣きながら第2ボタンを…あれ? ねだるんが本当か?
とりあえず、定番やないの、第2ボタンの贈呈! もらったるから、早よ渡さんかい!」
「………却下。」
何を考えているんだろうか、この筋肉は…。
「な、なんでやの! 俺に渡す第2ボタンはないとでも…! そない殺生なこと言わんと!」
「…………あのねえ、慎吾。」
私は深くため息をついた。やれやれ、厳粛な気分が台無しである。
「何を血迷っているんです。自分の制服をよーく見て御覧なさい。」
「何をって………うおっ! こ、こんな落とし穴が!」
そう、われわれの制服は、前たてをファスナーで止めるようになっているのだ。
逆さに振ったって第2どころか、第1も第3も、ボタンなんてありゃしない。
「ややー! 俺、天音に第2ボタンをもらえるのだけを楽しみに今日を待っていたのに!
第2ボタンなしの卒業式なんてややー!」
「ええい、うるさい! 自分の教室にお帰りなさい!
もうまもなく集合じゃありませんか! 皆様にご迷惑をおかけするんじゃありません!」
「うわーん! 天音のケチー! いけずー!」
泣きたいのはこっちの方ですよ。
しかしまあ、あの筋肉のおかげで、早くも緩みかけていた涙腺が引き締まったのは好都合だった。
やがてやってきた下級生の諸君が、われわれ卒業生の胸に、リボンをあしらった赤いバラの花をつけてくれる。
担任の短い挨拶の後、全員そろって静かに席を立つ。
いよいよ卒業式が執り行われるのだ。