2005年 3月 21日(月)

卒業式 3

数日前、テレビの歌番組で、早春特集というのをやっていた。
卒業式というテーマの括りがあって、その中の一曲に「卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう」という一節があった。
結構有名な歌らしく、我が家の女性陣がみんなで口ずさんでいた。
そう…卒業式といえば涙がつき物ではないのだろうか。
なのにこの高揚した雰囲気は…いったい何事?

もともと男子校の卒業式など、大して厳粛な雰囲気にはならないのかもしれない。
ましてや、我が校のように、ほとんどの生徒が持ち上がりで上の大学に進むとなればなおさらだろう。
それにしても…私を含め、なにか期待に満ちた目をした生徒が多すぎる。

みんなの視線は、壇上の直哉に注がれている。
正確には知らないにしろ、何かが起こることは、みんな承知なのだ。
そんな我々の熱い視線を知ってか知らずか、直哉は響く声で答辞を読み上げている。
ふむ。こうして改めて聞くと、意外と直哉というのは、甘い声をしているな。
しかし、その熱っぽい声とは裏腹に、読み上げているのはごく当たり前の、お行儀のいい答辞だ。

「…私たちを育み、どんなときにも正しく導いてくださった先生方には厚い感謝を、
そして時には礼儀正しい行動から逸脱しがちな私たちをのすべてをも暖かく包み込んでくれた学び舎にも、限りない愛着の思いを捧げ、
ここに答辞とさせていただきます。」

あれ?
素直に終わってしまった…?

壇上の直哉は、済ました顔で和紙を束ねると、それを控えていた在校生代表─さっき送辞を読んでくれた彼だ─に渡し、そして几帳面な礼をした。
そしてマイクに向き直ると、いきなりそのマイクをスタンドから外し、壇上に斜に立つ。

「以上、儀礼用の答辞を終える。ここから少しばかり時間を頂きたい。
白鳳の守護神として、在校生諸君に聞いてもらいたい最後の報告がある。」
在校生代表が目を白黒させている。
一泊おいて、卒業生在校生を問わず、野太い歓声が上がる。
いよいよ始まった…!

「天音様、どうぞ。」
隣の席から、何かが回ってきた。
何かとおもったら、袋いっぱいに詰まったクラッカー。見回すと、あちこちにその袋が行き来している。
…どうやらこれも演出の一つか。手の込んだ事で。
ちょっとあきれながらも、クラッカーを一つ受け取って、隣に袋を回した。

「3年間の間、俺と雪紀とでこの学校を取り仕切ってきた。すべての事柄が、滞りなく順調に進んだのは、みんなの協力の賜物と思っている。我々を支持してくれたみんなに、感謝の思いを伝えたい。
だが、俺にも達成困難な事はあった。俺の手を煩わせてくれる困った人がいたからだ。」
「えっ、なになに?」
舞台すそで、小柄な姿が3つもつれ合っている。
やがて、咲良と瑞樹に押し出された祥太郎先生が、慌てふためいた顔で壇上に上げられてくる。
再び、歓声が上がった。

ぎゅうぎゅうと押し出された祥太郎先生は、途中から突き飛ばされて、直哉にしがみついた。
直哉も心得た顔で、逃げかけた祥太郎先生を、がっしり捕まえる。
腰の辺りを抱え上げられて、祥太郎先生の足が半ば浮き上がった。

「俺はこの2年間、祥先生に散々てこずらされてきた。でも今は違う。
俺は胸を張って、祥先生が自分のものだと言い切れる関係になった。そしてそれはこれから先もずっと続く。
みんな! 祝福してくれるか!」

おおおお────────っと鬨の声にも似た声が上がる。広い講堂内がどよめきに揺れる。
一斉にクラッカーが鳴った…ものすごい破裂音がし、色とりどりのテープが乱舞する。
…しまった、出遅れた…。
歓声は止まず、誰かが始めた足踏みに、全員が同調する。例えでなく、床が揺れている。
壇上の祥太郎先生は、直哉に抱えられて逃げ出せないまま、真っ赤な顔で口をパクパクさせている。

「ぎゃー! もう! 何を始めるかと思ったら…こんなこと…!」
「もう卒業ですからね。誰に遠慮することがあるんです。」
「それにしたって…こんな大勢の前で宣言することでもないじゃない!」
ほーら、祥太郎先生怒ってるぞ…。

甲高い声が響いた。あれはたぶん咲良だ。
その声に導かれるように、次第に大きくなっていく声が…なんと、キスをねだっている。
「キース! キース! キース! キース! ……。」
これは…キスを見ないと止まらないな…。

祥太郎先生はさらに赤くなりながら、生徒たちを見下ろしている。一瞬、その表情が和らいで見えた。

「もうっ! 今だけだからね! もう2度とこんなところではしないんだから…よく見ておいてよ!」
そう叫ぶと、祥太郎先生は不意に伸び上がって、直哉の首に腕を巻きつけた。
あわてて直哉が振り向いたのは、単に事故かもしれない。でも!
唇と唇が、がっちり接触! 確かに見た!

野太い歓声が、最大級に大きくなった。
その歓声の中を、祥太郎先生は悠々と引っ込んでいく。
壇上では直哉が呆然と立ち尽くしている。
しっかりしろ直哉! いいところをみんな祥太郎先生に持っていかれてるぞ!
しかし祥太郎先生は、壇を下りるときに、直哉を振り返って思い切りしかめ面をして見せた。
………やっぱり怒ってるようだな。

その後、在校生による賛美歌と、卒業生による仰げば尊し、そして全員で校歌の斉唱があったが…とうてい厳かな気分に浸るものではなかった。
これで一応の式次第が終わったわけだが、
こんなんでいいのか! 私の記念すべき卒業式は!