2005年 3月 22日(火)

最後の生徒会室

ようやく卒業式が終わった。
いったん教室に戻った我々に、担任が卒業証書と成績表を配ってくれ、最後の挨拶があった。
そのまま解散…各々帰路に着く。
私はなんとなく立ち去りがたくてぐずぐずしていた。

廊下には喧騒があふれている。
4月に大学に進めば、ほとんど同じメンバーと顔を合わせることがわかっていても、最後となると名残惜しいのだろう。
しかし、その賑わいも次第に薄れて行き、静寂が戻ってくる。
私はため息をついて立ち上がった。

「ああ、やっぱりここにいたんやな、天音。」
聞きなれた声がして、慎吾が長身をのぞかせた。

「慎吾…どうしてここへ?」
「天音の事やから、一人で感傷にふけってるのやろ、思うてな。
なあ、これから生徒会室へ行こ? 最後にあの景色がもう一度見たいねん。」
「ええ…そうですね。」
私の行動を読み取ったことが嬉しいのだろうか。なんだか妙に誇らしげな顔をする慎吾と一緒に教室を出ることにした。

生徒会室は、最上階である5階にある。
我が校を一望できる特等席に設えてあるのだ。
こうして、この階段を上るのも最後になると思うと、軽く弾む胸さえ愛おしい。
慎吾がお姫様にそうするように、私の手を取って導いてくれる。
ほんの少し照れながら、階段を上りきったところに、おなじみの姿が立っていた。

隼人だ。

「おっせーよ天音さん! もうみんな待ってるんだぜ!」
「え…? みんなって?」
「生徒会のみんなに決まってるじゃん。俺らの集まるところが、他にあるわけ?
さあ、みんな楽しみに待っているんだから、急ごう!」

隼人の大きな手が、私の腕にかかった。力強く引っ張りあげられる。
「おもしれー卒業式だったよな。」
不意に隼人が振り向いた。
「兄貴がかっこ悪くてさあ…参ったよ。」
「そんなことを行ったら、直哉が可愛そうですよ。
祥太郎先生の次の行動を予測できる人なんて、そうはいないんですから。」
思わず小さく笑いながら答えると、思いがけず真剣な目に見返された。

「うん、でも、いかにも兄貴たちらしい卒業式だった。
改めて言うまでもないけど…卒業おめでとうな。」
言うことを言った隼人は、ふいと照れたように前を向いてしまう。
思いがけないお祝いの言葉に、思わず胸が詰まった。

生徒会室の扉を開くと、甲高い嬌声が飛び込んできた。
「あー、白雪ずるい! 最後のお茶は俺が入れたかったのに!」
「なんだよ! 俺の紅茶だって、天音先輩のお気に入りだったんだからな!」
「おまえら、その辺にしとけ。」
「「だって────────!!」」
飛び込んできたのはあまりにも見慣れた光景。
はしゃぐ子犬たちに、それを叱りつける雪紀。当惑気味の白雪。
そうして、私の指定席はちゃんとあいている。

「あっ! 天音さんだ!」
「天音先輩! お待ちしてました!」
本当に子犬がじゃれ付いてくるように、咲良と瑞樹が飛びついてくる。
少し離れた場所から私を見上げている白雪の目が、少し潤んでいる。

「あ…天音さん、俺、本当にこの1年間お世話になりました。」
突然白雪が深々と頭を下げる。
「俺…今まで絶対人に言えなかったこととか、天音さんにたくさん聞いていただいて、ものすごく気持ちが楽になりました。
俺みたいな、胡散臭い奴のこと、最初から心配してくださって、とても嬉しかったです…。」
白雪君の細い肩が、うつむいたきり小さく震えている。

「お礼にも…なりませんけど、最後にぜひ、天音さんがおいしいって言ってくれたお茶を、もう一度飲んでほしくて…。」
「そ、それは俺だって…。」
「ずるい白雪〜。何一人で盛り上がっちゃってるんだよう。」
小柄な3人が、肩を寄せ合って震えている。
こんな私を、こんなに慕ってくれる後輩がいるのは、なんてありがたいことなのだろう。
私は腕を広げて、そっと3人の肩を抱いた。

「そんなことで揉めないで。あなたたちにはこれからこの生徒会と、白鳳学園を支えていってもらわなくてはいけないんですから。
さあ、顔を上げて、可愛い笑顔を見せてください。
あなたたちが入れてくれるんなら、お茶なんて3杯だろうが4杯だろうが、飲みますよ。」

「それは天音だけにサービスか?」
「俺たちも4杯くらい飲む準備はあるぞ。」
「せやな。なんならプール一杯飲んだるわ。」
「4杯って…俺もかよ!」
「なんだ隼人、お前は敬愛する先輩にお茶の1杯も入れられないのか?」
「そんなこと言ってねーだろ。コーヒーなら俺のほうが兄貴よりうまいのを入れられるんだからな!」
これは大変なことになってきた。

そうして私たちは、柔らかい日の当たる最上階の生徒会室で、白鳳学園最後のお茶を楽しんでいる。
この居心地のいい場所と、可愛い後輩たちとにしばらく会えなくなるのは本当に切ない。
しかし、同じ敷地に塀を隔てただけの大学に進む私たちは、いつでも会おうと思えばまた会うことができるのだ。
何よりも、私たちの心を隔てる塀など、どこを探してもあるわけがない。
だからこれは別れではなくて、新しい旅立ちのための第一歩なのだ。

「天音さん、またいつでも会えますよね。」
すがるような咲良の声に、私たちは微笑んで目を見交わした。
私たちはいつでも会える。
そうしてさらに新しい出会いを重ねて、未来に向かっていくことだろう。

「卒業おめでとうございます。
長い間お世話になりました。」

声を揃えて言ってくれたお祝いの言葉が、私の胸にきらめくような光を投げかけてくれた。