平成16年 2月 6日(金)

推理小説

まだ風邪が治りません。鼻水が…それでは今日のお題。私はちょっと前風邪で
学校を休んでましたが、風邪で寝ている時ってのはやたらと暇です。だから色
色考え事なんかをしてました。そんな時ふと思ったことが「小説を書きたい」と
いう事なのです。

小説家になりたいと思ったわけではありませんし、また文学部なんて眼中にあ
りませんからそういう道に進もうとも思いません。ただ純粋に小説を書きたく
なったんです。しかも推理小説が。推理小説といっても探偵物とかじゃなくて
ただ事件があるだけなんですが。

話変わって、私の尊敬する推理小説家、西村京太郎さんの言葉にこういうもの
があります。「推理小説もまた小説でなければならない」。これはどういう事か
というと、例えば小説といえば夏目漱石の「こころ」や芥川龍之介の「羅生門」な
どのように、何やら意味深なモノがありますが、推理小説、例えばアガサクリ
スティーとかコナンドイルのようなものは、単に事件があって探偵が出てきた
ら舞台設定が出来てしまうんですよ。別にこれは上記の作品を批判しているわ
けではありませんが、ようは推理小説なんてモノは書こうと思ったら誰でも書
けるという事です。

ところが「推理小説もまた小説でなければならない」ということは、推理小説に
おいても、その事件の背景やそれに至らしめた社会といったものにまで踏み込ん
で書かなければならないのです。現に西村京太郎さんの作品では、推理小説なが
らベトナム難民問題を取り扱った作品(「夜間飛行殺人事件」)や、アパルトヘイト
を取り扱った作品(「ある朝海に」?)、ろうあ者問題を扱った作品(これはとても
感動できるからオススメです。「四つの終止符」)、サリドマイド奇形児を扱った
作品(江戸川乱歩賞受賞作「天使の傷跡」)さらには日本人のこころにまで踏み込ん
だ“推理小説”(「D機関情報」「太陽と砂」)もあるのです。私の目指すものはまさに
これです。

話がそれてしまいますが、私が西村京太郎さんを尊敬するもう1つの理由は「トリ
ックの意外性」にあります。「華麗なる誘拐」では、犯人が日本国民1億2000万人
(当時)全員を誘拐するといって首相官邸に電話をかけ、5000億円を要求します。
「そんな日本国民全員なんか誘拐できるわけないやろ」という方が大半かと思いま
すが、これは別に日本国民に限ったことではなく、全世界の人々を誘拐する事も
可能です。しかも皆さんでも。気になる人は実際に読んでみて下さい。

では話を元に戻して。私はそういう西村京太郎さんのような「小説である推理小説」
を書きたいんです。もうすでに頭の中にだいぶ描けているんですが、肝心のトリ
ックが私のアホな頭では全く思いつきません。うぅ〜ん…もうちょっと考えてみ
ます。