2020年 2月 10日(月)

ジョーカー  (映画)

ジョーカー
トッド・フィリップス監督作品
実は見る気がしなかった、バットマンの敵役、「ジョーカー」という怪物がいかに生まれたか云々の話は映画としては物語が見えているからだ。しかしホアキン・フェニックスがオスカー受賞でのスピーチ、誰それにありがとう云々の謝辞を言うでもなく、いきなり今世界で起こっていること、世界が何故怒りの声を上げているのかそれは多様性の主張をしているからだという人がいるしかし私にはそれは共通したものがあると言い出した発言。その答えがこの映画にあるのかもしえないと思い見てみました。
ホアキン・フェニックスの痩せ過ぎ肉体改造、社会に認められない内省的なキャラクターと一方では世間に認められたいという願望が交差するもの。
とにかくホアキン・フェニックス(もしくは他にやるとしたらクリスチャン・ベールだろうけど、すでにバットマン演じているから駄目だろう)の体からほとばしる仕草そしてパントマイム的に動かす孤独なダンス。この映画は見ているうちに「タクシードライバー」「キング・オブ・コメディ」を思い出させてくれるあるオマージュ的なものなのかその2つの映画の主演のデニーロもこの映画に出ている。格差社会を連想させてその高まる不満に乗って勃興したドイツのナチスも連想させるし、現在でも格差不満でなら殺人でも正当化されて暴動も正当化されるような社会を暗示している。音楽は、ホアキン・フェニックスのほかにオスカーを得たチェロ奏者兼作曲家のヒドゥル・グドナドッティル、彼女はヨハン・ヨハンソンの弟子なのだそうだ。ヨハン・ヨハンソン亡き後の彼が手掛けた映画の続編である「ボーダーライン: ソルジャーズ・デイ」の音楽担当を引き継いでいたのはそういう流れだったんですね。
ホアキン・フェニックスの受賞後のスピーチ、あの考えがないとこの役は務まらなかったんだな、それを体現するのも役者の一つ、それを見て何かを感じるそれを語り始めるのは見た側の役目。