2010年 4月 1日(木)

コンビニもなかった頃の話し

スーパーもコンビニも無かった頃の事を思いだしてみた。
近所には半径100~200メートル以内に「タバコ屋」「魚屋」「肉屋」「八百屋」「和菓子屋」「駄菓子屋」「醤油・酢の店」「餅屋」「目医者」「内科」「葬儀屋」
「自転車屋」「消防分団」「郵便局」「信用金庫」「洋服屋」「帽子屋」「お茶屋」「時計屋」「酒屋」「どじょうの蒲焼き屋」…。
普段の生活には全く支障がなかった。
特に「八百屋」「魚屋」では「通い帳」なるものがあり現金を持たずに「信用買い」ができた。
クレジットカードも無い時代に、すでにこんな素晴らしいショッピングがあったのを今の人は知っているだろうか。
「通い帳」を持って行かなくっても相手は「顔」を知っているのでフリーパス。
「八百屋」での買い物は、みんな「買い物籠」を持っていくから無駄な包装はしない。
新聞紙が大活躍だった。
豆腐などは鍋を持っていってもらったものだ。
「魚屋」さんには「皿」を持っていって「刺身」をもらってきた。
「醤油」を買うときは「瓶」を持って行くのだ。「酢」も一緒だ。
洋服を買うときもお金は後払いだった。
すべて地域のみんなが「共同体」だった。
名をなのならくっても、「どこそこあんちゃん、どこそこのおっちゃん」と、みんなちゃんと知っていた。
車も無い時代「行動範囲」も小さかった。
たまに行くのは百貨店の「大和」。
お年玉をもらったときには「おもちゃ」を買うのに行った。
平静、お金の無い者には行く所ではなかった。

うーん、今は1㌔範囲にも、そんな店はない。
この団地に来た頃は公設のスーパーもあったのだが今は宅地化されてしまった。

先日、妻が近所の家を訪れると、そこの奥さんが「四つん這い」になって出て来られたとのこと。
もともと足腰が弱くなっておられたのだが天気も良いし、少し離れた所のスーパーに買い物に行ったところ、
帰り道になって足に無理が来て、このような状態になってしまったとのことだった。
「お年寄り」は増えている、それも「独り暮らし」。
そんな人たちは毎日の「買い物」に悩んでいる。
賢い、スーパーは巡回の「買い物バス」を出しているようだが…。
ほんとうに、こうして思ってみるに実に昔は良かった!と思うのだ。
文明が発展して時代はますます高度成長しているが、果たしてそれは幸せなことなのだろうか。
何か私達は、あまりにも「甘い汁」を知りすぎてしまったような気がしてならない。
携帯もなくTVも無く、夜はみんなで「ラジオ」を聞いて9時頃には寝た時の頃が一番、幸せだったんではなかろうか…。