2011年 4月 10日(日)

北市というところ

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きょうは、天気も良く、ほんとうにおだやかな日だった。
悲惨な大地震があったことなど信じれないくらいだ。

「北市」 すごく心に響く地名だ。
南砺市の高瀬神社を背にして南に進むと、その「北市」地区が現れてくる。
岩倉政治著の「田螺のうた」に、その「北市」を舞台にした「宝暦騒動」が描かれている。
きょうはその「北市」を散策したくって久しぶりのMTBでのお出かけとなった。
午後より出かける。
庄川沿いの「サイクリングロード」は信号もなく車の心配もないので快調な走りだ。
朝、町内のカブスカウトの子供たちがサイクリングに出かけたのだが「庄川水公園」に行くと、みんな元気に遊んでいた。
知り合いの隊長さんとしばらく「河童」のそばでお話してサイクリングロードを井波に向かう。
ほんとうに庄川から井波はすぐだ。
「高瀬神社」の鳥居がすぐに見えてきた。
目標の「北市」はそれよりも南なので手前で脇に入る。
高瀬神社の前の道を南下すると神社があり、そのそばに騒動の犠牲者の慰霊碑があるとのことなので、とにかく神社を探す。
すぐに神社は見つけることができたが、それらしき慰霊碑は近くにはなかった。
さらに南下すると犬を連れて散歩しておられる方がいて思い切って尋ねると、あっさりとその「慰霊碑」の場所を知ることができた。
ラッキーだった。
教えてもらわなかったらそう簡単にはわからなかったと思う。
先日の「宗守」の時もそうだったが、この南砺地方の人たちはみんな親切だ。
探し求めていた物に巡り会えるということは、ほんとうにうれしいことだ。
そして、この慰霊碑を見て感じたのは「宝暦騒動」は実際にあった歴史の事実だと確信したことだった。
岩倉政治著の「田螺のうた」を読んで知った「源右衛門」「三右衛門」「又吉」だったが、彼らはほんとうに、この「北市」に住んでいた人なんだなぁと思った。
手を合わせる。
この人たちのような犠牲的な英雄行為があって、その後の子孫が幸せに暮らせるようになったのだろう。
それにしても、ちょっと前の日本が今の北朝鮮のような「見せしめの公開死刑」を行っていたと言うことを忘れてはいけないと思うのだった。